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デジタルエンジニアリングについて

憂いの篩を手に入れて

 ホグワーツの校長、ダンブルドアの部屋には不思議な道具がたくさんある。そのひとつに、覗き込むと過去が見える水鏡のような道具、憂いの篩があるのを知っているだろうか。

 この道具は、今や僕たちの手に届きそうなところまで来ている。その道具を作ったことで有名なのがパーマー・ラッキーと言う名の青年だ。彼は彼の製品にOculus Riftという名を与えた。一般的にこの技術をVRとかHMD(ヘッドマウントディスプレイ)とか呼んでいるが、この技術は僕たちが作ろうとしている製品を、試作する前に手に取って見ることを可能にするかもしれない。

ラピッドプロトタイピングをするよりも前に僕たちは自分たちの製品を手にすることができるかもしれないのだ。たとえそれが幻であったとしても。

幻で何が悪い

コンカレントエンジニアリングを推し進めるにはふたつのポイントがある。ひとつは、タコツボ化してしまった組織の垣根を取っ払い、高度なすり話合わせを行うことで色々な段階の工程が同時並行的ー有機的にとさえ言っても良いかもしれないーに進行させる道だ。これはコンカレントエンジニアリングの根幹をなす要素だが、これをより効果的にすすめる方法がある。

 それは、ふたつ目のポイントでもあるのだが、いい意味で幻を見れば良いということだ。しかも、やたらリアルで細部まで再現された幻を見ることが重要なのだ。それは実在しないが、これから実在させることができるようになる可能性を秘めている。

 何を言っているかわからないと思うので、平たく言い直す。要は、三次元CADソフトで設計してCAEソフトでシミュレーション(評価)しようという話だ。この方法を用いることで、実際に試作する前にイケてない設計を見つけ出すことができるようになるので、コスト削減に有効だ。干渉チェックや、組み立て性を検証し、強度計算や動作のチェックもできる。作る前に、その幻の製品のことが色々と分かるのだ。しかも、デジタルデータと言う名の幻は、複製が簡単で伝達するのが容易だ。PDM(PLM)というシステムを使えば、購買に関わる人は、3DCADに描かれている部品の実物をさっさと探し当てることができるようになる。営業の担当をしている人も、新製品がどんな感じのものかすぐに知ることができるようになる。だから、早めにお客さんの前で売り込みを始めることさえできるのだ。

別世界の双子

 ここまでは実際に起こっていることを書いたが、ここからはこれから起こるだろうことを書こう。

 ひとつはデジタルツインの普及だ。2017年現在、よく巷で騒がれているのがモノのインターネット、IoTだ。もう聴き慣れた言葉になってしまったが、各種センサを製品に組み込み、製品の使われている状況を把握し、AIで現在の状況を推測し、3次元データに反映させるという取り組みが始まっている。これにより、どこに不具合があり、メンテナンスが必要なのかを即座に知ることができる。これにより、過剰なメンテナンスをせずとも、製品の安全性や機能を保つことができるようになる。この視点は設計や製造という上流工程ではなく、アフターサービスの領域だが、プロダクト・ライフサイクル・マネジメント(PLM)の観点からも重要な考え方だ。この方法はすでにGE社で航空機用のエンジンに適用されている。今はこのような高価な製品に組み込まれているが、今後、IoTの時代が到来した時には、センサの単価は劇的に下がるはずだから、コンシューマー向けの製品にもいずれは適用されるようになるだろう。

憂いの篩は何を振るい落とすのか

 冒頭でVRについて触れたが、この技術はデジタル・ツインを含むデジタルエンジニアリングに大きな変革をもたらすだろう。コンピュータの画面に映し出されたものを見るのも、それなりにイメージのわきやすい行為だと思うが、その中に入り込むと壁が取り払われる。より、具体的になるのだ。だから何となく分かっていたつもりになっていたことも、新たな視点で見ることができるようになる。試作する前に得られる情報がこれまでよりも多くなるのだ。極端な話、プロトタイピングする前にデモすることも可能になるだろう。むしろ誇張しすぎたデモも可能になってしまうので、そこは気を引き締めて取り掛からなければならないが。

 これらの技術はコンカレントエンジニアリングを今まで以上に強力にするツールになりうる。ても、忘れてはいけないのは、そこに構築した世界を、僕たちの現実世界とリンクさせなければ、その力をものづくりに活かすことはできない。だから、憂いの篩にかけても憂いは振るい落とすことができないかもしれない。むしろ、現実を直視することで悩むことだってあるだろう。だからといってこのツールが無意味なものというわけではない。僕たちは、後から気づくような欠陥を早々と対処することができるようになるのだ。これが、コンカレントエンジニアリングや、フロントローディングを進める上で、強力な後押しになることが分かるだろう。

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