原点に帰る デジタルファブリケーション時代のコンカレントエンジニアリングを極める、というのがまず最初に僕が掲げた目標だった。それは、2017年のことだった。当時はなぜそのような目標を掲げたのか理由を挙げることが難しかった。もちろん、朧げな思いというものはあった。それは、ガンジーが理想とした「マスによるプロダクション」を実現するものだからだ。 しかし、なぜそれが良いのかと問われると、「何となくそれが正しいような気がする」というフワッとした答えしか返せなかったんじゃないかと思う。 資本で世界を満たすために では、今の僕はどんな答えを導き出したのかというと、それは、資本を遍く人々に行き渡らせる手段として最適だからという理由だ。資本は生きるための安心を与える。資本は本質的に資産を増殖させる。富裕層の資本は資産を次々と増殖させる。それと比較して、労働者には資産を増殖させる機会が殆ど与えられていない。だから、格差は広がるのだ。そうであるのならば、労働者に資本を持ってもらうのが手っ取り早いのではないか、と考えたのだ。 進みつつある革命の中で 僕たちは非常に稀有な時代に生を受けた。というのも、今起こりつつある革命というのは、非常にインパクトのある技術革新が同時多発的に進行しているからだ。エネルギーを生み出すための限界費用は圧倒的に低減させることができるだろう。そして、人工知能とロボティクスは、その低コストのエネルギーの恩恵を受け、ますます僕たちの暮らしに浸透していくだろう。ブロックチェーンは、中央集権的な組織を分散化し、新しい秩序を生み出していくだろう。そんな面白い時代に僕たちは生きているんだ。 そして、これから起こる圧倒的な技術革新は否応なく僕たちの暮らしを変えていくはずだ。それは、もしかしたらネガティブな方向に転ぶ可能性もあるし、もちろんポジティブな方向で起こる可能性もある。当たり前のことだが、いつの時代であっても僕たちに未来のことなんて分かりはしないのだ。 ベーシックインカムは物足りない それでも、時代がポジティブな方向に向かうためには、潤沢化する資本を遍く人々に浸透させることが不可欠だと僕は考えている。人工知能がホワイトカラーの仕事を奪うだろうということは、さかんに議論されているし、ベーシックインカムの必要性を叫ぶ人たちも少なくはない。僕もベーシックインカムという考え方は素晴らしいと思っている。でも、それは所詮は与えられたものだ。自分で再生産することはできない。仮にベーシックインカムというシステムが確立したとしても、そのシステムが奪われてしまったら、庶民には太刀打ちなんてできないだろう。それに、そもそもベーシックインカムというシステムが全世界的に導入されるかどうかも分かりはしない。 コルヌコピアで世界を満たせ だから、僕はベーシックインカムというシステムに頼ることなく、自分たちの手でベーシックインカムの代替物を探し出すことができないかと考えている。与えられるのを待つのではなく、摑み取れ。という訳だ。 そのためには、今起こりつつある革新的な技術を僕たちの手中に収めなければならない。廉価なエネルギー、そしてそのエネルギーから富を生成するプロセスを受益者が負担してシステム化し、コルヌコピア(豊穣の角)で世界を満たすのだ。(※) 言うまでもないことだけれども、そのような世界は一朝一夕に実現することはできない。僕たちにできることはもっと地味で泥臭いことでしかない。それでも、僕は羅針盤を手にすることができた。それは、向かうべき方向をずっと指し続けてくれるだろう。 きっと僕は、そこに向かうための手段としてデジタルファブリケーション時代のコンカレントエンジニアリングと言うものを捉えていたのだと思う。 ※ギリシア神話の中でゼウスがアマルティアに与えた羊の角のこと。持ち主に望みのものを与える力があった。
コルヌコピアで世界を満たせ
ahedgehogchase