僕たちはコンカレントエンジニアリングという手法により、多くの智慧をひとつのプロジェクトにまとめ上げる方法を見てきた。コンカレントエンジニアリングでは色々な知見を持った人たちが共同で業務を進めていくので、本当に多様な意見が交わされる。そこで重要になるのが、それらの意見をいかに収束させるかだ。
このような意見の相違に板挟みになることだってあるだろう。コンカレントエンジニアリングを推進していく過程で組織が複雑化してしまうことはよくある。たとえば所属部署は生産技術部門だがフロントローディングを進めるために開発部隊に参加しているようなことも珍しくはない。このような状態は本籍地と現住所が違うというような比喩で表現されることもある。これをマトリクス組織という。このような組織では部門の上司とプロジェクトの上司がそれぞれいる形なので、上司が2人いるような状態になってしまう。この形態は専門的知識を持ったメンバーを集結させて効率的な業務推進を行ううえで有効だ。2人の上司が同じ方向を向いていれば、本領を発揮する。だが、上司同士の意見が食い違うとき、板挟み状態が生じてしまう。
そういう状況が生まれてしまったとき、メンバーひとりひとりが考えなければいけないことはただひとつ。全体最適を考えることだ。製品コンセプトを具現化するのはどちらの意見だろうか。基本思想に沿っているのはどちらだろう。もっと言えば、僕たちのミッションは何だったか。そういう基本的な理念に照らし合わせて、より近い方を採用すべきだ。
たとえばある打ち合わせで決まった事項に対して、君の上司にあたる人が反対意見を表明し、その決定事項を撤回すべきだと主張したとしよう。このとき、尺度となるのは先ほど書いたような基本的な理念だ。それに則ったときに、上司の言っていることは正しいのかどうか考えてみよう。その結果、上司の言うことに納得ができるし、そうすべきだと思うのであれば、やるべきことは見えている。
それは打ち合わせに参加した人たちに、この意見を表明し、決定事項を撤回するように求めることだ。プロジェクトマネージャに再議論を提案するのも良いだろう。プロジェクトマネージャは、智慧を集結させることが仕事なので、君の意見有用な智慧だと判断して耳を傾けてくれるだろう。そうでなければならない。
逆に、君が上司の意見に納得できない場合はどうだろうか。メンツのために、もしくは組織の論理が優先するために上司が決定事項の撤回を求めているのであれば、君は上司を説得しないといけないのだ。
いずれにせよ、これは骨の折れる仕事で、コンカレントエンジニアリングに関わるメンバーがかならず直面する場面でもある。このとき、いかに基本に忠実にいられるかがメンバーの資質だし、プロジェクト成功の秘訣だ。なかなか、一朝一夕にできることではない。だが、この性質を持った組織は強い。そういう文化を育んでいくことがコンカレントエンジニアリングを進めていくうえで何よりも大切だ。仕組みを有効に使えるかどうかは君たちの文化にかかっている。そして板挟みにあった君がどう動くかが、文化を規定していく。この繰り返しが組織を強くする唯一の方法だ。