◉工程立ち上げの短縮②
(さっさと旅立とう①からつづく)
何が問題なのか?
では、何が障壁になってしまうのだろう?特に最初の2つの方法は、比較的概念的で、運用が難しいというのが挙げられる。
フロントローディングの場合は、普通の開発体制に比べると、上流に大量のリソースを割く方法となるので、技術者や設計者への負担が非常に重くなってしまう。業務効率を極限まで上げている職場で、これ以上負担をかけるというのはかなり酷な話だ。上流工程のリソース不足でフロントローディングが実現できなかったということも、よくあることなのかもしれない。
コンカレントエンジニアリングも一筋縄ではいかない。コンカレントエンジニアリングでは、同時並行的に、あるいは前工程が完了する前に、次の工程の立ち上げを行うため、情報共有が命だ。最新の情報をできるだけ早く、正確に伝え、漏れなくメンバーに行き渡らせなければならない。
これは極端な話、組織の文化に深く関わってくる要素だ。隠蔽体質の組織では、素早い情報共有は難しいだろう。それに対してオープンな文化を持つ組織では、比較的簡単に出来てしまう。
また、組織の人材の指向性も影響するだろう。同じ考え方のベースを持っている人が集まると、個々人の受け取り方の誤差は少なくなるはずだ。誤解を受けられると困るので、一応断っておくが、これはダイバーシティを無視しろという話ではない。むしろ、色々なバックグラウンドを持つ人が集まることは、組織の可能性を広げる。僕が強調しているのは、指向性が同じということ、つまり組織のミッションを信奉し、実現するのに努力を厭わない人が多いことが重要だということだ。
しかし、こんな理想的な組織はそうそうあるものではない。一般的な組織であっても、ルールを徹底することで、コンカレントエンジニアリングを実現できる可能性を高めることはできるだろう。あとは、メンバー内の行動のばらつきや、部署同士のシステムの相違やCADなどのデジタルツールの相違などが障壁になってしまう場合がある。この影響を抑えなければならない。
道具の使い方、教えます
1.フロントローディング
フロントローディングにおけるリソース不足については、バリューチェーンの下流側工程の人材を育成して上流の工程で活用することで、ある程度解決することが可能だ。例えば、プロジェクトの初期においては、製品の評価や製造工程の設計を行う技術者に製品開発の場でも活躍してもらうなどの方法が挙げられる。初期に人材を一気に投入して製品開発し、次第に評価、生産体制の構築を進めていくというスタイルだ。これを実行するには組織の柔軟性が鍵になる。どういう形で人員を配置するか。まさに、組織は戦略に従うのだ。
とはいえ、この方法をうまく運用するのにもコツがいる。というのも、製品開発と生産工程の設計は、業務内容が著しく異なる。だからどちらにも対応できるような人材を育成するのには時間がかかる。それを踏まえて長期的な人材育成のプランを確実に実行していくことが、フレキシブルな組織を作り出し、フロントローディングという戦略を効果的に実施することにつながる。
2.コンカレント・エンジニアリング
次はコンカレントエンジニアリングについてだ。実はコンカレントエンジニアリングとフロントローディングという戦略は少しずつベクトルが違う方向に向いている。というのは、フロントローディングが上流工程の開発に重点を置くという発想であるのに対して、コンカレントエンジニアリングは同時並行的な開発を目指すものだ。これでは両方の戦略を同時に徹底的に行うと軋轢が生じてしまう。だから、この2つの戦略の良いところを採用していくことが重要になる。要は塩梅なのだ。これは形式知化するのが難しいノウハウのひとつなので、試行錯誤を繰り返してよりよいレシピを見出すことが組織の強さにつながっていくだろう。
2つの戦略を有効に使うには
だが良いお知らせがある。それはフロントローディングを実施するとコンカレントエンジニアリングを進めていく上でのボトルネックである情報共有についての障壁が低くなるということだ。フロントローディングを成功させるには、上流工程から下流工程まで分かっている技術者が必要とされるが、これは上流と下流で考え方の統一が図れるということにつながる。メンバーの指向性が一致するのだ。だからメンバー間がもつ情報のばらつきを低く抑えることができるはずだ。また、デジタルツールも使い慣れたものを使用するので、部署間のデジタルツールも統一されるだろう。これはフロントローディングを実施するのに必要な人材育成の成果がシナジー効果を生んでいるのだ。フロントローディングと、コンカレントエンジニアリングという相反する概念を適度にミックスすることで、これは成し遂げられるのだ。
他にも情報共有を効率化するために、グループウェアを使用することも効率的だろう。redmineのようなプロジェクト進捗管理ツールと共用することも有効じゃないだろうか。
最近ではこのような便利なツールはたくさんあるのだが、やはりその運用は使用する組織の文化に影響を受ける。だから、いかによい文化を育んでいけるかがコンカレントエンジニアリングの成功の鍵になるだろう。
さっさと旅立ってしまおう
IT技術の進歩により、ビジネスは飛躍的に効率化した。だが、これからはAIとIoTにより、それがさらに加速されるものと思われる。前回、ラピッドプロトタイピングで触れたクリス・アンダーソンは新しい産業革命が始まるのだと主張している。たぶんそれは正しいのだろう。これはこれまでの製造業のあり方をガラリと変えてしまう可能性を秘めている。そんな時代だからこそ、より早く製品を生み出す手法は重要性を増すだろう。だから新しい世界に向かう旅にさっさと旅立ってしまおう。