イノベーションのジレンマ 高機能な製造機を作っている企業が進めている経営というのは、極めて正しいものだろう。顧客の求めているものを察知し、自分たちの強みと向き合い、プロダクトを磨く。そうやって、マシンの性能は最先端の土俵で切磋琢磨しながら極められていくのだ。 そして、同時に彼らは間違うだろう。「工場が駅前のコンビニみたいな感じになるような未来は決して来ない」と、確信するのだ。もちろん、本当にそんな未来は来ないかもしれない。でも、精度、速度、信頼性を犠牲にした廉価な機械に何ができるのだ、という侮りに足をすくわれる可能性がないとなぜ言い切れるのだろうか。彼等が求めているものと、僕たちが求めているものは全く違うというのに。 彼等が「メインフレーム」だとしたら、僕たちは「ミニコンピュータ」(の一部)を使っているのだ。「PC」もまだ出現していないし、もちろん「スマートフォン」は遠い未来の話だ。(とは言っても数十年くらいだろうけれども) でも、未来には「スマートフォン」は世の中に溢れているだろう。それが、コルヌコピア(豊穣の角)なのではないかと、僕は思うのだ。 もちろん、未だ僕たちは「ミニコンピュータ」の段階にしか来ていないということは、忘れてはならない。どんなに明るい未来を見ようとも、足をつけて取り組まなければ、今度は僕たちの足がすくわれてしまう。 僕たちが現段階で必須とするのは何を差し置いても低コストであることだ。まあ、安全性は差し置きたくはないから、そこは妥協しなくてもいいと思うけれども、精度や速度は多少目をつぶっても良い。とにかく、まずは自分たちが現実的に使えるツールを手に入れることが重要なのだ。 パーソナルファブリケーションのための自動化ツール パーソナルファブリケーションの分野における最近の文化的活動の多くは、デジタルデザインおよびコンピュータ制御による製作ツールの普及に拠るとのろが大きい。この新世代の「メイカー」は製造機械について彼ら特有の見解を持っているけれども、これは業界が持っている見解とはまったく異なる。メイカーにとっては、コンピューターそのものがツールであり、製造機は、単にコンピュータを拡張したものだ。これによく似ているのは、コンピュータとデスクトッププリンタだ。僕たちは文書を作成するのに時間の大部分を費やして、そして「印刷」をクリックするのはたったの数秒だ。このように、僕たちはツールとしてプリンタを捉えていない。それでも商業的な印刷を担当している人たちは、間違いなく彼らのオフセット印刷機を道具と見なしている。ツールの役割はインピーダンスを一致させることであり、コンピュータ支援設計は私たちの頭脳と私たちが設計する仮想物体との間の知的インピーダンスを一致させる。デジタル製造ツールは、コンピュータと物理的なものとの間で適合し、したがって理想的には設計者として私たちから完全に切り離されている。でも、僕たちの現実は理想から程遠く、これらのツールは僕たちの邪魔をすることがあり得る。それは、それらのツールが誤動作するときだ。産業と個々の設計者/製造者との間の見解の不一致は、大部分のデジタル制御ツール(産業界でインピーダンス整合の細かい仕事をしている)が個人のアプローチとニーズと完全に一致しないことを意味している。 メイカーと現代のデジタル製作ツールとの間の相違をひとつ挙げるならば、それはコストだ。産業機械はスピード、信頼性、そして精度を優先する。スピードは生産性の向上、ひいてはより高い利益と直接相関するため、スピードが重要だ。機械の停止時間は、利益が得られないという点で費用がかかるため、信頼性が不可欠だ。統計的な理由から、機械の精度は重要だ。部品の標準化が基本となる量産環境では、機械の精度が高いと公差内に部品の精度を抑えることが出来るようになり、部品の歩留まりが向上する。しかし、これらの利点、つまり最適化されたツールがツール自身を手に負えないものにしてしまうのであれば、そのようなツールは個人メイカーには必要のないものになるだろう。 自動化された工業ツールのほとんどは個人の手には届かない。その大きな要因はコストだ。この事実は、低コストの代替品を開発するための動機となった。工業用ツールと趣味用ツールの設計アプローチの違いは、機能の最大化と満足度の関係で説明することが出来るかもしれない。(※) これは、世界中のコミュニティショップでよく見られる多くの製造ツール(「ハッカースペース」と呼ばれることが多い)によって証明されている。 人気のあるツールやブランドとしては、MakerBotの3Dプリンタ、Epilogのレーザーカッター、ShopBotのガントリールーターなどが挙げられる。これらのツールは、はるかに低いコストの恩恵で、能力、スピード、信頼性、精度、そして時にはある程度の自動化を犠牲にする。現在のMakerBotはStratasysによって製造された3万ドルのマシンだ。これは、能力が低いバージョンだけれども、桁違いに安いので、はるかに広い範囲の人々が使用することができる。
※ハーバート・サイモンの合理的選択と環境の構造を参照のこと(Simon、1956)。 (つづく) 引用: 自動化ツールの仮装装置制御のためのゲジュタルトフレームワーク (Ilan Moyer) 目次はこちらから→ 【和訳版】FabAcademy 2016